閉ざされた悲しみ

先日、テレビを見ていたら、五木寛之さんが出てみえました

以前「親鸞」の本を読んで以来で、さっそくまた書籍を探して

3冊程ダウンロードしました

最近、本はよく読みます(すぐ忘れてしまうけれど…)

今読んでる「他力」という本の中で

「本物のプラス思考は、究極のマイナス思考から」

「閉ざされた悲しみは、二倍にも三倍にも大きくなる」

まだ途中ですが、ここで今立ち止まっています




いろいろなことを振り返っていました

息子が亡くなって、

どう生きればいいか、明日が見えなくなっていた時期

友人からも職場の上司からも家から出て!まず家から出て!と言われた

家に一人でいると私がどうにかなってしまうと思ってたようです

…でも、そうかもしれませんね

家から出れば… 泣いてはいられない

人と接する仕事だからいざ仕事となれば、

笑って話して時に冗談を言ったりもして…

その時は、そんな作り笑いしてまで仕事している自分が空しくて

心から純粋に笑うことなど二度とないとそう思って

作り笑いする自分に割り切るように言い聞かせ仕事をした




でも、たくさんの人との出会いに私は救われました

   同じことを話して話して…

   同じことを聞いて聞いて…

悲しみでいっぱいだった心は少しづつ拡散されていって

悲しみはけっして消えたわけじゃないけれど、今はもう自分で抱えられる



「閉ざされた悲しみ」

一人で抱えていると、それは大きく大きくなってもっともっと苦しくなる



「本物のプラス思考」

今まで気がつかなかった小さなことに感動し

今まで気がつかなかった小さなことに喜びを感じ

自分のやりたい小さなことでもできることが嬉しくて頑張れる

この頃になって、ふと気がつくことがある

あれ、今の私、心の底から笑ってたよねと

あの時からは、考えられない「時」が、来ていた


もちろん、いつもいつも寄り添うよう夢に登場してくれた

息子の力も大きい



もし… 悲しみでいっぱいだったら…

  一人で抱えないでほしい
 
       ほんとうにそう思う

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五木寛之さん著書について

soraさん、少し前に私も五木寛之さんの「大河の一滴」を読みました。
随分前の再販ですが書き出しの「私はこれまでに二度、自殺を考えたことがある。」からはじまるこの本にひかれたのです。

私達はふたたび、小さなちっぽけな存在である・・だが、それがどれほど小さくとも、草の葉の上の一滴の露にも天地の生命は宿る。生命という言い方が大げさなら、宇宙の呼吸といいかえてもいい。空から降った雨水は樹々の葉の上に注ぎ、一滴の露は森の湿った地面に落ちて吸い込まれる。そして地下の水脈は地上に出て小さな流れをつくる。やがて渓流は川となり、平野を抜けて大河に合流する・・・その流れに身をあずけて海へと注ぐ大河の一滴が私達の命だ。
濁った水も、汚染された水も、すべての水を差別なく受け入れて海は広がる。・・・人間の生命は海からはじまった。人が死ぬという事は月並みなたとえだが海に還る、ということではないのか。
という内容です。私はとても、素直に共感し、心にしみ入るように受け入れられた言葉でした。

soraさん、私も人と接する仕事です。
いやでも仕事で「家から出なくてはいけなかった」事はいまでは良かったんだと思います。最初は「笑わなくてはいけないこと」話すことさえも力がいる事でしたが。

少しづつ、すこしづつ、soraさんの後を追うように、
けして意識はなくても。同じ思いで苦しんだ人達は人それぞれの歩幅や速度で進んでいけるのでしょうか?

「時」はやっぱり必要だし、あせらなくてもすこしづつ流れて行くものですね。
海に注ぐ川の流れのごとく、なのでしょうか・・

Re: 五木寛之さん著書について

りらっくままさん、こんばんは!

りらっくままさんとは、なんだか不思議なぐらいいろいろなことが重なりますね
この「他力」の本を読む前に「大河の一滴」を読みました
こちらの方は、一気に読んでしまいました

> soraさん、少し前に私も五木寛之さんの「大河の一滴」を読みました。
> 随分前の再販ですが書き出しの「私はこれまでに二度、自殺を考えたことがある。」からはじまるこの本にひかれたのです。

そうなんです。。。
電子書籍は、立ち読み機能があるのでちょっと読めるんですよ
その最初の出だしの文章に惹かれて、この本を含めとりあえず3冊購入しました

りらっくままさんが書いて下さった文章
> 私達はふたたび、小さなちっぽけな存在である…
    …その流れに身をあずけて海へと注ぐ大河の一滴が私達の命だ。
>人間の生命は海からはじまった。
   人が死ぬという事は月並みなたとえだが海に還る、ということではないのか。

このブログのサイドバーに貼り付けてある「あの世に聞いた、この世のしくみ」の
雲黒斎さんも同じような表現を講演に行った時話されていました

それだからか、余計にすんなりと私は読めた気がします
もう… すべて… その流れに身をあずけてしおう…
そう思うとなんと心が軽くなることか。。。
ジタバタしたところで、私は大河の一滴の存在。。。

> 私はとても、素直に共感し、心にしみ入るように受け入れられた言葉でした。

私もです

> soraさん、私も人と接する仕事です。
> いやでも仕事で「家から出なくてはいけなかった」事はいまでは良かったんだと思います。最初は「笑わなくてはいけないこと」話すことさえも力がいる事でしたが。

「人と会う」「人と話す」そして「笑う」それは、かなりきついことでしたが、今思えばよかったと私も思います
でも、それもひとそれぞれですね。。。


> けして意識はなくても。同じ思いで苦しんだ人達は人それぞれの歩幅や速度で進んでいけるのでしょうか?

焦らずゆっくりゆっくりですよね
今抱えてる苦しい思いや辛い思いは、無理に押し込めず、
そして、できれば一人で抱えこまず。。。

私もそうして救われてきた一人で、今の私がいるのでそう思います

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Re: No title

こんばんは

いろいろなこと、今の私になって気づくことがたくさんあります

当時の私は、ほんとうに先が見えなかったし、
自分のこれから先の生きる意味もわからなくなっていたし、
頭の中がいろいろな思いでいつもぐるぐるしてました

でも、そんな思いを一人で抱えていると
抱えきれないほどに大きくなってしまう気がするんです

話して解決することではないけれど…
心に溜めた思いを少しづつ出すことは大切な気がします

こうした中でも、支えて、うんうんと一緒に頷いてくれる人は
たくさんみえます。。。
   心強いことだと、いつもそう思います。。。
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