八十八箇所霊場巡り-8

この頃、まだ6月に入ったばかりというのに気温が高くて

さすがに歩くのは、きついだろう…と思って

いつも一緒に歩いてるKちゃんにメールすると

大丈夫!の返事。。。


暑いのを覚悟して出かけました

今日は、少し遠いところへむかったので電車に乗ってる時間も長く

電車から眺める風景は、光をいっぱい浴びてきれいなこと(汗)

無人駅でおり… その目の前の風景… 何もない

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かなり日差しは、きついけれど

冷たい風が吹いててとっても気持ちがいい。。。

これなら歩けそうだ

最初に訪れたところは、大御堂寺(野間大坊)

境内には源義朝の墓があり、

最期の言葉「せめて木刀一本でもあれば殺されず済むものを」にちなみ、

多くの木刀が備えられていました

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その後、山越えのコース 二度もありました

人一人が歩ける程の道もあり、うっそうとした山の中

日も遮られて… 少しこわいけれど、鳥の鳴き声で救われる思い

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やっと山から抜けだしたら… 海が見えた~

緊張感いっぱいで歩いていたのが海を見て心が解放されました

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この大きな通りに出たのは、もう午後2時半…

やっと道の駅なるものを見つけて、やっと昼食をとることに

朝から初めて見るお店でほっとしました

昼食を済ませてから、また海に戻り… しばらく海を眺めて休憩

ぼんやりとゆったりと時間が流れて。。。



そして最後9か所目となるお寺です

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今日は、暑いからそんなに歩かないでおこうね!って言いながらも

心地いい風に気をよくしていつも通り歩いてしまいました


帰りの電車の中で

そういえば、今日は、歩くのに必死で道中、頭の中が空っぽだったことに

気がつきました

日常、頭の中には、いろいろな思いがぐるぐる回っているのにね

唯一、頭の中を巡った思いがあるとしたら、

山越えの時の誰もいない暗い山道を歩く時の不安な思いかな

しかし、何の迷いもなく、先をすたすた歩くKちゃんはえらい!


何かを願って歩くというよりも

今日は自分自身の為の歩きだったのかな。。。


  「頭の中が空っぽになれたこと」

  「自然にいっぱい癒されたこと」



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「れば」と「たら」

先日、本をタブレットにダウンロードしました

「啼かなくていいホトトギス」 小林正観さんの本です

(小林正観さんは、マリーさんに紹介してもらって今回で3冊目です)

優しく心に入ってくる言葉には、気付かされることがいっぱいで

すぐに読み切ってしまいます


  *******

その中に、

「もし、あのときこうだったら… 」

「もし、あれがこうなっていれば… 」

という仮定の話は無意味、存在しないのだとありました

自分の人生の3時間前も2時間前も1時間前も、

全部自分が選んだことは、宇宙的に歴史的にすべて決まっていたことと。。。

  *******


確かにそうなのかもしれません

その時、その時は、自分なりに考えて動いていたはずです


しかし、息子が亡くなってから… 何度、いや、何十回、いやもっと、

もしあの時… もしあの時… そんな堂々巡り

答えの出ない堂々巡りを繰り返したことか。。。


今の私は、そんな巡る思いに囚われることは少なくなりましたが、

私の中には、どうにかできたはず… 救えたはず… の思いが消せない

そう思うのって、親の私の思いあがり、驕りなんだろうか


『もし…気付いてもらったとしても… 自分が変わらないとどうにもならないこと

 だから、気がついてやれなかったとか、けっしてそんなふうに思わないでほしい』

そう、息子に言われてもまだ、私は、親として何か出来たはずという思いが残る



「れば」と「たら」は存在しない


なんだか百の承知のことのような気もする反面、

まだ、その言葉を呑み込めない。。。

いつか… そう思うかもしれないけれどね




4年と7回目

今日の月命日は、私の仕事のお休みと重なったこともあり、

お墓参りには、娘とその10ヶ月の赤ちゃんと出かけました

抱っこ紐の中でぴょんぴょんと動いて元気そのものです



この子が産まれて、10ヶ月という月日はそれなりに感じるのに

なぜか、この4年半という「時」は、早いも長いも何も

感じられません 

不思議ですね

時の感覚が、ここだけ狂ってます

赤ちゃんが産まれて4年半っていったら…

もう、息子は保育園に元気に通っていたそんな「時」にあたるのに


こんな例えは変だな…って、ちょっと可笑しいとそう思えたけれど

きっと、隣でお母さんの抱っこ紐の中からこちらを笑って見てる顔が

あったからかな。。。


少し前、不意に地元の息子の友人が訪ねてきてくれました

中学時代の俺達が、すごく盛り上がって楽しんでる夢みちゃって…

だから、ちょっとお参りに来ちゃいました。。。と


よく顔を見せてくれる友人の一人だけれど

どんどん顔立ちが、落ち着いた大人顔になってるのを見て

「時」は確実に流れてるんだなと


その彼のすぐ後ろにちょうど見えた写真の中の息子は

彼と並んで、幼く感じた


息子のことは、こんなふうにいろいろな形で

私の外側から「時」の流れを気づかされるのだなぁ。。。と思う

 

癒しの一日

暑い一日となりました

お天気がよければ、出かけましょうと約束していた日です


私の家からは少し遠いのですが、車と電車を乗り継ぎ

1900年もの歴史がある大きな神社に行ってきました


まだ、私が20歳ぐらいの時に初詣に出かけたのが初めて

そして、友人の結婚式の時

そして、娘のお宮参りの時

そして、今日。。。


最寄りの駅で待ち合わせをして外に出た時はすごい暑さでしたが

境内の中は、大きな木で囲まれて日差しは遮られ、そこはまるで別世界でした

1時間程境内を散策してその木々の下で彼女と話をしました


いろいろなご縁が繋がって知りえた方です

同じ地域に住んでいることがわかって、何度かお会いさせてもらっています


まだ日が浅くて心の波風も大きいと思いますが

いつお会いしても温かい笑顔で、いつもいつもその笑顔が心に残ります


いろいろな方が繋いでくれた出会いに感謝です

ほんとにありがとう!




閉ざされた悲しみ

先日、テレビを見ていたら、五木寛之さんが出てみえました

以前「親鸞」の本を読んで以来で、さっそくまた書籍を探して

3冊程ダウンロードしました

最近、本はよく読みます(すぐ忘れてしまうけれど…)

今読んでる「他力」という本の中で

「本物のプラス思考は、究極のマイナス思考から」

「閉ざされた悲しみは、二倍にも三倍にも大きくなる」

まだ途中ですが、ここで今立ち止まっています




いろいろなことを振り返っていました

息子が亡くなって、

どう生きればいいか、明日が見えなくなっていた時期

友人からも職場の上司からも家から出て!まず家から出て!と言われた

家に一人でいると私がどうにかなってしまうと思ってたようです

…でも、そうかもしれませんね

家から出れば… 泣いてはいられない

人と接する仕事だからいざ仕事となれば、

笑って話して時に冗談を言ったりもして…

その時は、そんな作り笑いしてまで仕事している自分が空しくて

心から純粋に笑うことなど二度とないとそう思って

作り笑いする自分に割り切るように言い聞かせ仕事をした




でも、たくさんの人との出会いに私は救われました

   同じことを話して話して…

   同じことを聞いて聞いて…

悲しみでいっぱいだった心は少しづつ拡散されていって

悲しみはけっして消えたわけじゃないけれど、今はもう自分で抱えられる



「閉ざされた悲しみ」

一人で抱えていると、それは大きく大きくなってもっともっと苦しくなる



「本物のプラス思考」

今まで気がつかなかった小さなことに感動し

今まで気がつかなかった小さなことに喜びを感じ

自分のやりたい小さなことでもできることが嬉しくて頑張れる

この頃になって、ふと気がつくことがある

あれ、今の私、心の底から笑ってたよねと

あの時からは、考えられない「時」が、来ていた


もちろん、いつもいつも寄り添うよう夢に登場してくれた

息子の力も大きい



もし… 悲しみでいっぱいだったら…

  一人で抱えないでほしい
 
       ほんとうにそう思う

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