言葉

人の言葉というものは、
自分の心の状態で嬉しくも悲しくもとれるものですね。

いつもなら右から左にとどまることなく通り過ぎていくのに、
昨日は、何気ない一言が私の心の中で激しく渦巻き、
苦しい思いが一気に膨れ上がってきました。

私の頭の中では、ちゃんとわかっているのです。
その言葉にまったく何の意味もなく、ただただ会話の中で
ひょいっと出ただけの言葉だということを。


静かに静かに自分の心を覗いてみました。

でも、すべて理解してわかっていても膨れ上がる苦しい思い。

自分がしっかりしなければどうにもならないんだよ。
自分の思いひとつでどうにでもなることなんだよ。
自分の心にそんなふうに引っかかって来てしまうのは、
今の自分自身の心のせいなんだからね。


目を閉じて静かに静かに呼吸を整えて・・・・。



ほんの小さな言葉にも敏感に反応する心。


言葉・・・・。

人を暖かく包んであげられることもできる大切な言葉なのにね。


今生きてるこの時、謙虚に人と向き合うことを忘れないでね・・・・と
また、ひとつ教えてもらった出来事でした。


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戸惑い

今日は仕事がお休みです。

いい加減に一周忌のいろいろな準備をしなくては・・いけません。

ピアノレッスンの後、「引き物を・・・。」とお店に行きました。
(職場の上司にも、「辛い買い物だね・・・。」と言われてしまいました。)

品を選んでいても、あたり前のことだけど心が複雑です。

やっと決めてお店の人と打ち合わせも済ませた時に
お店の方に「どなたが亡くなられたんですか?」と聞かれてしまいました。
私が、「子供です・・・」というと、
はっと顔色が変わりそれ以上話は続きませんでした。


お店を出て駐車場まで来た時、思わず涙がこぼれそうになりました。

こんな辛い買い物は、私の心はぎりぎり表面張力状態。

でも、全然知らない人の前で涙が溢れたら・・・
相手は、ほんとうに困るだろうなぁ・・・と思うとぜったい泣けません。


そういえば・・・
息子が亡くなってまだ数カ月しか経っていない頃、
少しづつ対外的なものだけは、整理しなくては・・・と
息子の郵便局の通帳を解約手続きに行った際、
窓口で対応して下さった(私より少し若い方)人が、
手続きの途中、ふっと書類に目をやった瞬間、
「まだお若い方なんですね・・・。」と小さい声で言われ、その直後、
みるみるうちにその方の目が涙でいっぱいになって顔がゆがむのが
わかりました。
私は、「ええ・・・とても残念ですけど、仕方ないです。」と
答えるのが精一杯でした。
その時は、駐車場に来て大泣きしてしまいました。

それは、「悲しい気持ち」だけじゃなく、
     「見知らぬ人の温かい涙」に触れて・・・。


帰り道、ふっとあの時の光景が・・・ 思い出されて、胸がいっぱいに。


もう一年になるんだね。

U君どうしてる? もうそちらの生活は、慣れましたか?

隣人

今日仕事から家に帰ったら、大きな大きなお花が届いていました。

お隣のHさんからでした。

この家に引っ越してきてもう21年あまり。
ずっとお隣のHさんは、私の大切な友人です。

当時息子は、まだ半年足らずでおむつをしている頃。
隣の次男のT君も息子と同い年。

この家に引っ越して来て以来、T君とは毎日朝から晩まで一緒に遊んだ仲です。


さらに、小学、中学、高校まで一緒。
毎朝、時間に正確なT君が、我が家のチャイムを鳴らす時・・・
「はぁい・・・」と返事をしてからシャワーを浴びていた息子。
「お前のせいで遅刻だ?!」なんて言われても懲りもせず相変わらずの毎朝。

息子が亡くなった翌日、家に来て、「まじか・・・」と一言・・・。

それ以来T君は、一度も我が家には来ていません。


今日、お礼の電話をしたら、
「ごめんね、駄目みたいなの・・・。」
「まだ受け入れられないみたいでお隣なのに行けないみたい。
まだ、3年ぐらいはかかる・・・と本人は言ってる。
あの2階のU君の部屋に今でも普通にいるような気がしてるみたい。
でも、行ったらね、いないって認めなきゃいけないのが駄目みたい・・・。」

「ごめんね・・・」と言いながら涙声の友人に
「だいじょーぶ!だいじょーぶ!」の私。
「花屋さんでお花をお願いする時も涙が出て泣けちゃって・・・」と友人。




私が悲しくて思わず涙が毀れてしまうように、
違うどこかで違う誰かが、
息子のことを思ってちょっぴり涙してくれていることを知って・・・。


「しっかりしなきゃ!私!」と思いました。



そして、息子に・・・
「大切なみんなのこと、ちゃんと見ててよ!」
約束だもんね。  空の上からずっと見てるって・・・・ね。


一周忌

穏やかな日でした。

きれいな空が広がっていて心まで穏やかにしてくれて
無事一周忌を済ませることができました。

大学の先生や友人らも来てくれて、とある友人らは納骨まで見届けてくれました。

法名に雲という字が入っています。

少し急ぎ過ぎた人生だったけれど、これからは雲のようにこの空を
ゆっくりと流れていくようにと付けていただいたものです。


「あいつのことだから時々急に僕達に雷なんか落として驚かせたりするかも・・・」
「空の上から静かに見ているはずがない!騒いでるよ、きっと大声で!」
なんて言いながらみんな笑っていました。

御住職が、
「出会いがあれば、必ず別れがあります。
どんな出会いも別れがきます。
もし、大切な人が亡くなってしまうという別れがきた時、
それが最後と思わないで下さい。
墓前に手を合わせて、こんなことを話したね。こんなことがあったね。と
語りかけることがその方とのまた新しい出会いの始まりです。
苦しくて悲しくても新しい出会いを大切に生きて下さい。」
と、お話しを頂きました。


今朝がた、夢を見ました。
最近ずっとご無沙汰していた息子が何気にいつものように
居間でくつろいでいました。
「皆でどこか行きたいね。オーストラリアとかさぁ?!」なんて話す私に
半分呆れて?うなづきながら・・・。
そんな短い夢でした。


明日は、納骨するからね・・・。でも、いつも傍にいるよね・・・。なんて
言って寝たのですが、ちゃんと返事をくれたのかな・・・。



そんなふうに・・・
もしかしたら、私たちには見えないだけで、
ふつうにいつも一緒にいるんだよ・・・ということを
教えてくれたようなほんとうに自然な夢でした。

ありがとうね、U君!


今日という日が過ぎて

今日は、息子の命日です。

あれから一年。

早かった・・・・。

今日一日、いろいろな思いが駆け巡っていきました。
楽しい思い出も悲しい思い出も、
そして大きな自責の思いもたくさん溢れます。

それも大切なこと。


書き残したなかに、
「早く俺のことは忘れてほしい・・・」という言葉。

昨夜、来てくれた友人は、言ってたよ。

「忘れるなんてできっこない。
それどころか、ひとつでも多くあいつにかかわることは記憶に残しておきたい」と。
「あいつにかかわることならこれからもなんでも声をかけて下さい」と。

きっと、その言葉聞いてたよね・・・。


今日は、命日ということもあってとても賑やかでした。
笑いがいっぱいで。
いつも一緒にいた友人は、喋り方やボケ方やぼやきまで一緒で、まるで息子が
そこにいるようでした。

きっと、その笑いのなかにいたよね・・・。


今日は、ずっと部屋の電気をつけておきました。

部屋でくつろいでるんじゃないかな・・って思って。


友人らが帰った十時過ぎ、二階に上がって電気を消しました。

今日という日が過ぎたら、また明日から前を向いて一からはじまりだね。




最近、お疲れモードなのか早い時間に転寝してしまい、
夜中の変な時間に起き、家事の片づけをしたりします。

今朝も1時半頃に起き、再び眠ったのは4時近くでした。
布団に入って・・・
私の子育てってどうだったんだろう?
もっと自信をつけさすような子育てをしなくてはいけなかったのかな?

ねぇ・・どう? ねぇ・・・ なんて繰り返しているうちに眠ってしまったようです。

そのせいでしょうか?

3,4歳の息子が夢に登場しました。

懐かしい、私が編んだ鹿の子編みのちょっと濃い目のベージュのセーターを着て。。。

小さな友達とたくさん、ばたばたと遊んでいます。

「今から東京ディズニーランド行くよ!」という私の言葉に、

「行かない!遊んでるから!」の返事。

とうとう最終電車も行ってしまい、東京ディズニーランド行きは見送り・・・。

そうしたら、友達が帰ってしまい一人になった息子が、

「ディズニーランドへ行く!行く!」と私に駄々をこねてる夢でした。


     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


東京ディズニーランドもそうだけど、ほんとうに家族でよく遊びに旅行に行ったね。

だけど・・・思い起こしてみると・・・
一度もそんなふうに駄々をこねたことはなかった。。。

元気でやんちゃな部分はいっぱいだけど、困らさせることを言ったことはなかった。。。


夢の中のように、もっとやんちゃ言ってくれてよかったのにな・・・なんて
今更ながらだけどね。


目が覚めてからもずっと、
 夢の中で騒いでいた・・・
   あのベージュのセーターを着た・・・
      小さな姿の息子が忘れられない。。。


座禅

息子の一周忌が過ぎてまた新しい一日が始まりました。

以前から一度してみたかった「座禅」を求めて京都に行って来ました。

お天気もよかったので、高速で大津まで1時間半、電車で京都入りしました。
思ってた程、京都市内は混んでいなくて駐車場も空いていたのでそのまま
京都まで来てしまってもよかったのかな・・・?と思いました。

お昼ぐらいについたので、まずは清水寺へ。
kiyomizu
坂を上って少し息切れしながら、到着。
古い建物や自然の中に身を置き、なんだかとってもほっとします。


ゆっくりもしていられません。
座禅をさせていただくお寺 「両足院」に移動です。


歩いて20分程のところにありました。
着いた時には、もう、すごく冷えてきて・・・寒くて寒くて・・・ 少し不安。

zazen

上着を脱ぎ、靴下も脱ぎ素足になり、綺麗な庭を前にして座ります。

座禅の説明を聞き、座禅が始まりました。

眼を少し開けて斜め下を向き、呼吸に合わせて、
ひと??っつ、ふた?っつ、心の中で静かに数えていきます。

「人間ですから雑念が出てきてもいいのです。
出てきたものはそのままにしておきます。
ほっておきます。
知らないうちに消えます。
また出てきます。ほっておきます。
知らないうちにきえます。
静かに呼吸をすることに専念してください。」

・・と、最初に言われました。

ギシッ・・・ ギシッ・・・ と静かに近くを通りになられる時の緊張感。

それを感じるということは、集中してないことですね、私。

25分の座禅は、あっという間でした。

終わりの合図をいただいたと同時に、すごい寒さが襲ってきました。

不思議ですね。座禅をしてる間は、寒さを感じません。
深い呼吸をしてるせいで血流がよくなるから暖かいそうです。

心がすっきりした気分です。

同行した娘は、日々の雑念がいっぱい出てきて・・・
数が数えられなかった・・・  と言っていました。

「優しさ」 大きな優しさ  それは、慈愛のような。
そんな優しさを大切に生きていくこと。

自分の心をしっかり覗いてみることの大切さ。

短い時間ですが、大切なことをたくさんお話してくださいました。

日本には、たくさんの宗教がありますが、そんな宗派のことをまずおいておき
とても良い本がありますとお勧めしてくださいました。
スリランカの僧侶のスマナサーラという方の書かれた本です。
何十冊と出ているそうです。
優しいものから難しいものまで・・・。
ネットで調べたらたくさんありました。
早速読んでみたいと思いました。

また、今一度行ってみたいとそう思いました。(娘も同感のようです。)
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