ブログ開設

息子を亡くしてすでに7ヶ月が過ぎました。

最近少しだけ冷静になれたような気がします。

まだ、それでも心の中は穴があいたままでふさぐことはできません。
涙とも縁はきれません。

でも、この辛く悲しかった日々を乗り越えられたのは、世の中には子供さんを亡くして
苦しんでいらっしゃる方が多いことを知ったからかもしれません。

今は、まだ何も心の整理がつかないままですが・・・
はじめの一歩を踏み出してみようと思いました。

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本を買いました。

買物に出たついでに本屋さんに寄りました。

息子が亡くなってからもう何冊買ったんだろう。

息子が亡くなって数ヶ月は、頭が回らず・・・。
急に襲ってくるザワザワ感に・・・苛まれ・・・。

ほんとうに辛く重苦しい日々。
時間があるといろいろなサイトをひたすら巡っていた。
そして、自分のように同じ思いでいる人がなんと多いことに驚いた。

また心救われるサイトにもめぐり合うことができて、
やっと少し落ち着いた今の私がいる。

それでも・・・・
今はもう二度と戻らないという現実に、今息子はどうしてるんだろう・・・と
心配で気になってしまう。

今、どうしてるんだろう・・・。

あるのか・・・ないのか・・・、わからない世界での息子のこと。
むこうで安からにいてくれるのだろうか?笑っていてくれるのだろうか?

そんな思いがいったりきたりして・・・

今日また本を買ってしまいました。

江原さんの「夢」の本です。
夢の中でもいいから会いたいな・・・・と思って。

心に残る言葉

息子を亡くして苦しい気持ちでいっぱいの時
ネットで巡りあえたサイト
中原憬さんのHP 100の言葉

何度も何度も読み返しました。
どんなに心救われたことでしょう。

なかでも・・・

その涙はその人のための涙ですか。それとも自分が可哀想だから流す涙ですか
    その人のための涙なら、涙が涸れるまで泣きなさい。
    それは、美しい涙です。
    しかし、自分のための涙なら、それは醜い涙です。
    その人のための涙に、自分のための涙を混ぜないようにしませんか。

悲しみが深いということは愛情が深かったということです
    あなたは、こんなに悲しむほど人を愛したのです。
    素晴らしいことです。
    それだけ愛の深いあなたなら、きっと、また人を愛することができます。

       この言葉が、心に残りました。

息子がいなくなってから7ヶ月あまり・・・ 
           それなのに涙がこぼれない日は数える程しかない・・・

何気に見たものから、ふいっとすぐに思い出してしまう・・・
           まだまだ 涙とは縁がきれない・・・・

でも、むこうの世界にいった息子に心配をかけないように
           「笑顔」も忘れたくない・・・・


なんだかとても悲しい日・・・

昨日あたりからなんだか急に寂しく悲しい気持ちで押しつぶされそうです。

昨夜は、仏壇の横にある息子の写真を眺めて・・・
今更ながら・・・
     どうしてそんなところにいるの?
     長?い夢を見てるだけなの?

なんだか急に会いたくなって涙が溢れる。
布団に入って写真の息子を眺める。
悲しくてなんだか胸がいっぱいになる・・・・
隣で寝ている娘に気がつかれないように・・・・

思わず声をあげて泣いてしまいたくなった・・・

今日は一日・・・
胸がいっぱいで苦しい・・・
仕事からの帰り道・・・運転中・・・涙が溢れる・・・

また、心配かけちゃったかもしれないね。

もう、駄目な母親だな・・・

明日は、一日笑っていたい・・・と強く思っています。

帰りにまた、本を買いました。
どれだけ・・・買うわけ・・・と思いつつ、前を向きたいと思って・・・・。

今日は、先日講演に出かけた 飯田史彦先生の「ソウルメイト」です。

「魂」となって、今はどうしていますか?


すごく久しぶりに、ほんの数分だけど・・・夢を見ました。

なにも喋る訳でもなくただ顔を見ただけで・・・目が覚めました。

もう少し見たかった・・・そして喋りたかったのに・・・目が覚めました。

だけど、ほんとうに久しぶりに会うことができて嬉しかった。

ありがと、夢にでてきてくれて・・・。

夢日記

人は眠りの中で、「魂の故郷」に帰るといいます。

だから、知らないうちにちゃんと眠りの中で故人に会っているのだと。

息子が亡くなって数カ月の頃、会いたくなると娘とともに、
「もう、寝よう、寝よう!きっと夢の中で会えるよ!」といって眠ったものです。

朝起きて、何も覚えてなくても・・・ 会えたかな?とよく娘と話したものです。

息子が亡くなって数回見た夢は、まったくリアルで夢なのか現実なのかわからない程でした。

でも、昨日や今日(また見ました)の夢は、変な表現ですが確かに「夢」でした。

どんな夢でもいいので、夢日記をつけるといいとある本にありました。

「保育園児の甥っ子となぜだか息子が保育園児に逆戻りしていて二人で留守番している夢でした。
不安になったのか、二人で大泣きしていました。
私が部屋に入ると二人が寄ってきて抱きついてきました。」

なぜだか、それだけの夢でした。

甥っ子は、数年前に父親を亡くしています。なにか淋しい思いしてるのかな?
息子もまた同じく、まだ向こうの世界で「魂」が落ち着いていないのか?

などと、たったひとつの夢でいろんなことを考えてしまいました。

最近の私は、なぜだか泣きすぎです。

今日も一日、「笑顔」を忘れないように頑張ろうと思います。

何からはじめようか・・・

息子が亡くなってから・・・
毎月顔を出してくれる友人らの息子の話に心が癒され、ほんとうに救われて、
すごく前向きになっていた私なのに・・・

どうしたことか、最近は、悲しい思いでいっぱいになっている。

どうして、今を過ごしたらいいのか・・・とずいぶん考えてしまう。

いろいろな本を読んだり、いろいろなサイトを訪れたり・・・

心が「無」になれる時間が欲しいとほんとうに思う。
いつもいつも、心がザワザワしていて心が落ち着かない。

そこから抜け出してもう一度、なにかにむけて一歩を踏み出したいけど、
今は、まだその一歩が見つけられない。
(とりあえず、ブログだけははじめたけど。)

「自分にとらわれることなく生きてほしい、ちゃんと見てるから・・・」と
息子は私達にそんな言葉を残したけれど・・・。

その言葉に報いるにはまだ時間がかかるのかも。
心が落ち着かなくともザワザワしていようとも、
せめて、顔だけは笑うことを忘れないでいたい。




「無」の時間が欲しい

最近の私は、うだうだしています。

無性に思い出されて仕方がない息子のことで頭がいっぱいです。
なにかわからないことに自分がすごく振り回されている気がします。
いろいろ考え出すと頭が痛くなります。

朝起きると、私の体は固まっていて油切れのロボット状態です。

息子が亡くなった日、私はテニスに出かけていたこともあって
テニスは、それからしていません。
それから、ぷっつりとヨガもしていません。

なにもかも中断しているせいか、体もがたがたです。情けないです。

今、心を「無」にしたいんです。
「無」になるにはどうしたいいのかな・・・・とずっと考えていました。

何気に開いた本に「瞑想」という言葉が目に入ってきました。
今の私にとってはいいかもしれないと、
ヨガとともにはじめることにしました。

まだ、はじめたばかりなのに
気持ちが少し落ち着くようになりました。

昨日、息子の部屋に入って・・・
息子の部屋のひとつひとつを眺めていたら・・・
とても気持ちのいい風が入ってきて・・・・
私は、思わず仰向けになって寝てみました。

すごく気持ちがいいんです。

あの日、こんな気持ちのいい風に吹かれていたら・・・
息子は、もしかして思いとどまったのでは・・・と思ってみたり。。。

保育科だった息子の部屋には、高校の時買ったピアノがあります。
夜中には、イヤホンをして音を消してピアノの練習をしていました。

今は、もうずっと音を出すことのないピアノです。

この音楽音痴の私は、触ることもできません。

気持ちのいい風に吹かれていて、決めました。
ピアノ習おう!って。
習ってどうするってわけじゃないけど・・・
なんにも出来ないことに、とりあえずチャレンジすれば・・・
その時間は、私に「無」の時間を与えてくれる気がして・・・・。

さっそく、今日資料を頂にピアノ教室に行ってきました。
7月からはじめようと思います。

全然触ったことも弾いたこともないのにどうなるのかな・・・
不安半分、楽しみ半分。

ぜったい、笑うよね・・・ 
母さん、マジ?って。

7月から部屋使うからね。
娘も教えてくれるらしいから、心強いわ。。。

またひとつの区切り

今年の3月の大学の卒業式。
息子の代わりにぜひ出てくださいと息子の友人とゼミの先生から声をかけていただき・・・
悩みに悩んだ末・・・出席しました。

式の最中、この中に息子の姿があったならば・・・と、どうにもならないことを
何度も繰り返し思いながら・・・・。
卒業式の後、それぞれのゼミ室に入り・・・
息子がお世話になったゼミの先生より卒業証書を頂きました。
先生は、涙をぽろぽろ流して声をつまらせ読み上げてくださいました。

その日、私は、息子の乗っていた原付の廃棄の手続きをしました。
乗り主のいない原付でしたが、なかなか手放せずにいました。
処分するのは悲しい。しかし乗り手のいない原付を毎日見るのは悲しい。
どっちに転んでも悲しいのです。

どちらも選択出来ないでいた私でしたが、この日ひとつの区切りをつけました。

昨日は、また新しい一歩を踏み出した私は、息子の携帯の解約をしました。
まだ最近までメールが入ってきたりしていてなかなか踏み切れないでいました。
たった小さなひとつひとつのことがなかなか踏み切れないでいる私ですが、
また、ひとつの区切りをつけることができました。

今日仕事の帰り・・・ずっといろいろなことを考えていました。
「携帯」は、亡くなる3ヶ月程前に買い換えたものです。
2年契約をしていたとの説明に・・・
ならば、亡くなる3ヶ月前の息子は、まだこんなことを考えていなかったのかな・・・・と。
そうだよね。車、中古だけど、マジ欲しい欲しい!って言って、手続きも終え
もう納車という時に・・・むこうの世界にいってしまったのだから。

もし「魂」となってむこうから見ていたのなら・・・・
みんな見ていたよね。
大学の親友のY君や友人がお通夜の時も葬儀の時も一人で歩けない程泣き崩れていたこと。
地元の友人達は、お通夜の時深夜までみんないてくれて、その足であなたの好きな持ち歌を
歌うと言って朝までカラオケで歌い続けてまた葬儀に出向いてくれたこと。
葬儀の朝、あなたの死を伝えるメールが回ってきたと慌ててとジャージ姿で
駆けつけてくれた高校の時の友人達のこと。
彼らはメールを見て、ぜったい間違いだと急いで家まで確かめに来てくれて・・・
留守の我が家からやっとの思いで斎場まで辿り着いてきてくれたんだよ。
祭壇の写真を見て・・呆然としていたのに棺の中のあなたの顔を見て「まじかよ・・・」って
何度も何度も言い続けてポロポロ泣いていた友人達のこと。
夜中に明け方に・・・おまえがいなくなって辛いよ・・・とメールを入れてきてくれた友人のこと。
毎月毎月、月命日に顔を出してくれて3時間も4時間も話していってくれる友人達のこと。
こんなに早く行ってしまって、俺達が行くまでずっと待ってろよ!って寄せ書きにあったこと。

辛いことがあったのかもしれない。
ほんとうに辛かったんだと思うけれど・・・・。

でも、やっぱり死んでしまったら駄目なんだよ。
こんなにみんなに辛い思いをさせてしまったんだよ。
こんなに思ってくれてる人がいっぱいいるのに死んだら駄目なんだよ。

今度は強い自分に生まれ変わってくるってあったけれど・・・・。

そうだね。今度はちゃんと、いろんなことに負けない強い心の持ち主に生まれ変わってきてね、必ず!

私はずっと、強い心を持つ子供育てられなかったことをほんとうにほんとうに悔いています。
母として心から謝りたい気持ちでいっぱいです。
だから・・・・もし私が今度生まれ変わってきたならば・・・そしてまた誰かの母となったならば・・・
強い心を持つ子供を育てようときっと頑張ると思います。

でも今私が心配していることは・・・優しすぎる息子なだけに・・・・
もしかしたら・・・皆の様子を見て・・・へこんでない?
こんなに皆が自分のことを思っていてくれたのに悲しい思いをさせてしまったことに落ち込んでない?

数回見た夢では、
いつもいつもバタバタしていて・・・いつ聞いても・・・同じ返事が戻ってくるね。
どこに行ってたの?って聞くと・・・毎回友達んとこって。
友達のことを心配してるのかな?
いつも疲れた顔をしているのが気になります。

へこんでいられないよ。
今度こそ強い心の持ち主になって早く生まれ変わってきてよ。
今度生まれ変わってきたら、また会えるかな?って言ってたよね。
ぜったい!会いたいし、みんなそう思っているよ!

みんなそれぞれに頑張ってるよ。
だから、へこんでないでよ!
いつものようにいきなり皆がひいてしまう程、騒いで元気いっぱいな顔でいてよ!

今回のように時々私もうだうだしてる時もあるけど・・・
でもとりあえず昨日からまた一歩前進だよ。

また、いつかうだうだするかもしれないけど・・・
その時は、いつも調子で「おい、またかよ。」って逆に声かけてね。

とりあえず、来月から部屋とピアノ使うからね!







人の言葉

息子が、亡くなった時・・・
近所のおじいさんが、私に言いました。
「どういうこと・・・。死んだって。あんたは、仕事ばっかりしててちゃんと見ててやらなかったか・・・」

また、ある知人が私に言いました。
「自分から死んでしまうなんて・・・病気だよ。一種の精神病だよね。」

親戚の人が初七日の時に私に言いました。
「外国にでも留学してるとでも思えばいいのよ。」
「○○君はさ、さぁ?っと駆け抜けて行ったんだよ」

近所の友人が半年も経った頃私に言いました。
「そんなに元気でびっくりしたよ。私より元気だね。」
「私の方が体調悪くて大変なんだ。」

もっともっとさかのぼると・・・
主人の母が亡くなった時、ずっと同居していている母の異変に最初に気がついたのは私でした。
母をだましだまし、医者につれて行った時は、もう手遅れでがん細胞は母の頭を侵していました。
付き添いで看病して・・・4ヶ月後亡くなってしまいました。
母は、とある宗教に入っていましたが、私はしていませんでした。
その方々が私に言いました。
「こんな亡くなり方をするのは、あなたのせいだよ。」
「きっと、お母さんは泣いてみえるよね。」
「かわいそうだね。」

私は、その方に、
「その宗教に入っていようがいまいが、母を思う気持ちに変わりはないのではないですか?」
と、答えたのですが・・・ 私の思いは伝わらなかったようです。
それから、数ヶ月耳が聞こえなくなりました。神経性のストレスが原因でした。

その母の時には、どうして人を傷つける言葉を平気でいえるのだろう・・・と思いました。


でも・・・・息子を亡くしてみていろいろなこと気がつき知らされました。

近所のおじいさんも親戚の人も近所の友人も・・・・皆・・・・
言葉は違うけれど・・・ 心配してくれたこと、悲しんでくれたことには違いないのです。
小さい時から息子を見ていてくれた近所の人・・・親戚の人・・・
いっぱい涙を流して・・・息子のことを思って下さいました。

主人の母の時も、同じように活動していた仲間の一人を失ってとても悲しかったのだと
気づきました。


人は同じ立場にならないとほんとうのその人の思いがわからないから仕方がないのです。
その人の立場、立場において出てくる言葉で決して悪気はないということ。

今、自分がはじめて子供を亡くしてわかることがたくさんあります。
もし、私だったら・・・ そういう言葉はちょっと使えないな・・・・とか、それはちょっと・・・とか。

でも、それは自分がその立場だから、初めてわかったことです。
7年前に子供を亡くした親友に対して、私はその時どんな言葉をかけたのだろう・・・と
今だからこそ思います。


息子の、今回の件に関しては、誰も悪くないんだよ。ただ自分の心が弱いだけ・・・という言葉が、
今更ながら心に響きます。

ゼミの先生が、
「彼の死が、これからの私により謙虚に誠実に生徒に向き合うことを教えてくれました。」
と言われました。

そして、私もそう思います。
その人が、その人の立場において、出して下さった言葉に決して悪気などないということ。
だからどんな言葉も素直な気持ちで受け止められます。

(なかには、ほんとうに非常識な言葉をかけられる方もあるかもしれませんが・・・
息子を亡くした悲しみに比べたら・・・・ 小さいことだと思えます)

仕事においても、私は人と接することが種の仕事です。
小学生の子。中学生の子。高校生の子。大学生の子。大人の方。ご年配の方。
私は、今まで以上に人と接する瞬間を大切にしなくては・・・と強く思えるようになったのも
息子のことがあってからです。

母として自責は、限りなく消えることはないけれど・・・・
今、こうして気づかせてもうらうことがたくさんあってほんとうにありがとうと
いう言葉をたくさん息子に言いたいといつも思ってます。

それなのに、めちゃめちゃ大好きな母さんと親父の子に生まれてきてよかった。
と、最後まで思ってくれたことも、ほんとうにありがとう。


親友が私に言った言葉。
私たちは、この世に生かされている限りは頑張って生きないといけないんだよ。
命あるかぎりね・・・・。
私たちって死も全然怖くないよね。だってその時は息子に会えるもんね。
でもさ・・・息子・・・迎えに来なかったらどうしよう!会えないよね?!
なんだか、涙目なのに二人で大笑いしたこと。

いろいろな人に支えてもらって気づかされて・・・  
今の私がいると心から思います。






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